スタッフ紹介

はじめまして!院長の高道 諒です。
当院のページをご覧いただきありがとうございます。

<幼少期>

高道家待望の男の子として誕生しました。
1日に2リットルも牛乳を飲んでいたらしく、そのせいもあってか今は牛乳が苦手になっています・・・笑
←よくお越しいただく患者様はブラックジョークで牛乳を持ってきたりします。。。。笑
当時はお腹が弱く、初めて連れて行ってもらった夢の国「ディズニーランド」はお腹を壊し、父と一緒にずっと車の中にいた記憶があります・・・笑

<小学生時代>

とても「やんちゃ」で、両親には迷惑をかけていました。
有り余った体力を別のことに使え!ということで、小3の時に野球チームに見学に行きました。
しかし、あまりの練習の厳しさに「自分にはついて行くことができない・・・」と自宅までの道を肩を落としながら帰りました。

小4になった時に体力が有り余る僕を見るに見兼ねた父から「今回は強制的に野球チームに入れ!」の一言で野球チームに入ることになりました。

また大きな大会で新聞に載ったりもしました!(当時の新聞がないので嘘っぽく思われますがホントです。)
でも、この頃が野球人生のピークでした(^◇^;)

ポジションはピッチャーで、父がピッチャーをしていたこともあり、僕もピッチャーをさせられることになるのですが、ピッチャーの方はというと・・・・
「球は速いが、ノーコン」でした・・・笑

<中学時代>

中学になっても野球を続けました。
自分でも驚くのですが、3年生の時にはキャプテンをしており「キャプテンでエースで4番」というホントにびっくりな状態でした!笑

また、小学生から続く人見知り(特に女の子)が強くなり、中学時代には数えるくらいしか女の子と話はしませんでした・・・汗

<高校時代>

いくつかの高校から野球推薦のお誘いを受けたのですが、自分の中で「受験して行く」と変なプライドがあったので、今思えば本当にありがたいお話をお断りして受験しました。

かと言って勉強は全く出来ませんでしたので、志望校には入ることが出来ませんでした・・・笑
勿体無いことをしたなと思います・・・・

そして入った高校でも野球を続けましたが、鍼灸師を目指す出会いもこの時にありました。

高校までは肩肘腰を痛めたことがなかったのですが、ハードな練習とセルフケアの重要性に気づいていなかったために肩肘腰を痛めました。

当時行っていた整骨院では変化は出ても改善されなかったので、
父に相談したところ鍼灸の先生を紹介してくれました。

「鍼」と聞いて今でこそ別物と認識していますが、
当時は皆さんと同じで「注射」だと思ってすごく怖かった思い出があります。

しかし、施術を受けてみたらどうでしょう?
あれほど改善しなくて困っていた痛みが
スーッと楽になっていくのがその場でわかったんです!!
「こんなにすごい治療があるんだ」と思ったのは今でもはっきりと覚えています。

その後、膝の内側側副靱帯損傷という
大きな怪我をしたために僕の野球人生は一旦幕を下ろすのですが、
その時にもお世話になったのが「鍼灸」でした。

その瞬間に「鍼灸師になる。鍼灸師になって僕みたいに困っている人を助けたい」と思い、専門学校に行くことにしました。

<専門学校時代>

とにかく勉強の日々でした。
野球しかしてこなかったので、勉強は大の苦手でしたので・・・汗
しかし、何故か人の身体のこと(筋肉や生理的な反応)に関して勉強したり知識が増えていくのは大変だったけど嫌ではなかったんです。

むしろ人の身体はこんな風に動いているんだというようにもっと知りたいという感じでした。
自分でも不思議です。笑

そして1発で国家試験に合格し、晴れて鍼灸師になることが出来ました!!

<卒業後から現在に至るまで>

とにかく勉強の日々でした。
野球しかしてこなかったので、勉強は大の苦手でしたので・・・汗
しかし、何故か人の身体のこと(筋肉や生理的な反応)に関して勉強したり知識が増えていくのは大変だったけど嫌ではなかったんです。

むしろ人の身体はこんな風に動いているんだというようにもっと知りたいという感じでした。
自分でも不思議です。笑

そして1発で国家試験に合格し、晴れて鍼灸師になることが出来ました!!

専門学校を卒業後は保険の使える鍼灸整骨院に勤めました。
どの仕事でもそうだと思いますが、自分のやりたい仕事ではないことや自分のしていることに疑問を抱きながらしている仕事はたくさんあると思います。
僕もそうでした・・・
あいさつや掃除は社会人として当たり前な事なので苦ではありませんでした。
しかし、施術で良くなって頂きたいのに、保険の請求の事務仕事ばかり&施術をしているというよりは保険をうまく使うために時間を区切って働いている・・・
施術に関しても短い時間で多くの患者さんを診るスタイルで、まるでベルトコンベアに流れているものをチェックする流れ作業のような感じでした。
幾つかの治療院で経験を積ませて頂きましたが、
どこも同じような感じで自分の思い描いていた現場とは全く違いました・・・
これでは何のために鍼灸師になったのか?このままだとこの生業が嫌になる!
と思っていたところ、
縁があり本当に患者さんのために鍼灸施術をしている先生に出会うことができ、
求人募集もしていなかったのですが頼み込んで先生の治療院で働かせて頂くことができました。
そこで、患者さんへの対応や技術、鍼でも出来ることと出来ないことがあることなど本当に色々なことを教わり、今の僕の基礎になっています。
この道に入る前から
「いつかは地元富山で自分の鍼灸院を持ち、困っている方を手助けがしたい」
と思っていたのと、自分の中で5年という節目の時期でしたので富山に帰ることにしました。
開業するにあたり
・今まで整形や整骨院に行ってもしっかり対応してくれない
・保険を使い通っても変化がない
・ただマッサージしているだけ
・目の前の患者さんと向き合っていない
などの経験があったので絶対にそういう治療家にならない・治療院にしないと決めました。
僕自身の経験から、ただ「施術」だけするのではなく、その後のあなたの人生の中で少しでも困った時には、
・いつでも気軽に来て頂ける
・何でもお話し頂ける
・共に健康を作っていける治療家になる
ことを常に意識しています。
当院に来院される本当に良くなりたい方へ、ベストな治療・提案・健康のパートナーとしてサポートできるよう日々成長・健康になっていけるよう施術を全力でしますのでお困りの方は1度お悩み・お話だけでも聞かせてください。
たかどう鍼灸整体院では、
・病院で痛み止めとシップの処置しかしてもらえなかった方
・このまま薬だけに頼って生活したくない方
・他の治療院に行っても根本治療をしてもらえなかった方
が根本から体質改善され身体の不調が良くなられています。
1人で悩まないでいいんです。
これからは僕があなたの笑顔と健康のために全力でサポート致します!
あなたの来院を心よりお待ちしています。
たかどう鍼灸整体院・院長 高道 諒

はじめまして!院長の高道 諒です。
当院のページをご覧いただきありがとうございます。

<幼少期>

高道家待望の男の子として誕生しました。
1日に2リットルも牛乳を飲んでいたらしく、そのせいもあってか今は牛乳が苦手になっています・・・笑
←よくお越しいただく患者様はブラックジョークで牛乳を持ってきたりします。。。。笑
当時はお腹が弱く、初めて連れて行ってもらった夢の国「ディズニーランド」はお腹を壊し、父と一緒にずっと車の中にいた記憶があります・・・笑

<小学生時代>

とても「やんちゃ」で、両親には迷惑をかけていました。
有り余った体力を別のことに使え!ということで、小3の時に野球チームに見学に行きました。
しかし、あまりの練習の厳しさに「自分にはついて行くことができない・・・」と自宅までの道を肩を落としながら帰りました。

小4になった時に体力が有り余る僕を見るに見兼ねた父から「今回は強制的に野球チームに入れ!」の一言で野球チームに入ることになりました。

また大きな大会で新聞に載ったりもしました!(当時の新聞がないので嘘っぽく思われますがホントです。)
でも、この頃が野球人生のピークでした(^◇^;)

ポジションはピッチャーで、父がピッチャーをしていたこともあり、僕もピッチャーをさせられることになるのですが、ピッチャーの方はというと・・・・
「球は速いが、ノーコン」でした・・・笑

<中学時代>

中学になっても野球を続けました。
自分でも驚くのですが、3年生の時にはキャプテンをしており「キャプテンでエースで4番」というホントにびっくりな状態でした!笑

また、小学生から続く人見知り(特に女の子)が強くなり、中学時代には数えるくらいしか女の子と話はしませんでした・・・汗

<高校時代>

いくつかの高校から野球推薦のお誘いを受けたのですが、自分の中で「受験して行く」と変なプライドがあったので、今思えば本当にありがたいお話をお断りして受験しました。

かと言って勉強は全く出来ませんでしたので、志望校には入ることが出来ませんでした・・・笑
勿体無いことをしたなと思います・・・・

そして入った高校でも野球を続けましたが、鍼灸師を目指す出会いもこの時にありました。

高校までは肩肘腰を痛めたことがなかったのですが、ハードな練習とセルフケアの重要性に気づいていなかったために肩肘腰を痛めました。

当時行っていた整骨院では変化は出ても改善されなかったので、
父に相談したところ鍼灸の先生を紹介してくれました。

「鍼」と聞いて今でこそ別物と認識していますが、
当時は皆さんと同じで「注射」だと思ってすごく怖かった思い出があります。

しかし、施術を受けてみたらどうでしょう?
あれほど改善しなくて困っていた痛みが
スーッと楽になっていくのがその場でわかったんです!!
「こんなにすごい治療があるんだ」と思ったのは今でもはっきりと覚えています。

その後、膝の内側側副靱帯損傷という
大きな怪我をしたために僕の野球人生は一旦幕を下ろすのですが、
その時にもお世話になったのが「鍼灸」でした。

その瞬間に「鍼灸師になる。鍼灸師になって僕みたいに困っている人を助けたい」と思い、専門学校に行くことにしました。

<専門学校時代>

とにかく勉強の日々でした。
野球しかしてこなかったので、勉強は大の苦手でしたので・・・汗
しかし、何故か人の身体のこと(筋肉や生理的な反応)に関して勉強したり知識が増えていくのは大変だったけど嫌ではなかったんです。

むしろ人の身体はこんな風に動いているんだというようにもっと知りたいという感じでした。
自分でも不思議です。笑

そして1発で国家試験に合格し、晴れて鍼灸師になることが出来ました!!

<卒業後から現在に至るまで>

とにかく勉強の日々でした。
野球しかしてこなかったので、勉強は大の苦手でしたので・・・汗
しかし、何故か人の身体のこと(筋肉や生理的な反応)に関して勉強したり知識が増えていくのは大変だったけど嫌ではなかったんです。

むしろ人の身体はこんな風に動いているんだというようにもっと知りたいという感じでした。
自分でも不思議です。笑

そして1発で国家試験に合格し、晴れて鍼灸師になることが出来ました!!

専門学校を卒業後は保険の使える鍼灸整骨院に勤めました。
どの仕事でもそうだと思いますが、自分のやりたい仕事ではないことや自分のしていることに疑問を抱きながらしている仕事はたくさんあると思います。
僕もそうでした・・・
あいさつや掃除は社会人として当たり前な事なので苦ではありませんでした。
しかし、施術で良くなって頂きたいのに、保険の請求の事務仕事ばかり&施術をしているというよりは保険をうまく使うために時間を区切って働いている・・・
施術に関しても短い時間で多くの患者さんを診るスタイルで、まるでベルトコンベアに流れているものをチェックする流れ作業のような感じでした。
幾つかの治療院で経験を積ませて頂きましたが、
どこも同じような感じで自分の思い描いていた現場とは全く違いました・・・
これでは何のために鍼灸師になったのか?このままだとこの生業が嫌になる!
と思っていたところ、
縁があり本当に患者さんのために鍼灸施術をしている先生に出会うことができ、
求人募集もしていなかったのですが頼み込んで先生の治療院で働かせて頂くことができました。
そこで、患者さんへの対応や技術、鍼でも出来ることと出来ないことがあることなど本当に色々なことを教わり、今の僕の基礎になっています。
この道に入る前から
「いつかは地元富山で自分の鍼灸院を持ち、困っている方を手助けがしたい」
と思っていたのと、自分の中で5年という節目の時期でしたので富山に帰ることにしました。
開業するにあたり
・今まで整形や整骨院に行ってもしっかり対応してくれない
・保険を使い通っても変化がない
・ただマッサージしているだけ
・目の前の患者さんと向き合っていない
などの経験があったので絶対にそういう治療家にならない・治療院にしないと決めました。
僕自身の経験から、ただ「施術」だけするのではなく、その後のあなたの人生の中で少しでも困った時には、
・いつでも気軽に来て頂ける
・何でもお話し頂ける
・共に健康を作っていける治療家になる
ことを常に意識しています。
当院に来院される本当に良くなりたい方へ、ベストな治療・提案・健康のパートナーとしてサポートできるよう日々成長・健康になっていけるよう施術を全力でしますのでお困りの方は1度お悩み・お話だけでも聞かせてください。
たかどう鍼灸整体院では、
・病院で痛み止めとシップの処置しかしてもらえなかった方
・このまま薬だけに頼って生活したくない方
・他の治療院に行っても根本治療をしてもらえなかった方
が根本から体質改善され身体の不調が良くなられています。
1人で悩まないでいいんです。
これからは僕があなたの笑顔と健康のために全力でサポート致します!
あなたの来院を心よりお待ちしています。
たかどう鍼灸整体院・院長 高道 諒